一段落

11月18日夜遅く、とうとうこの日を迎えることと相成りました。
最初に宣告を受けたのは、ちょうど今夏は盆の時期。すでに打つ手はなく、よく持って1、2ヶ月の診断、途端に目の前真っ暗。この時まで、昨日と同じ日が延々と続くものと考えていたのに・・・。
それからの1週間は、正に地獄の日々、予め覚悟を据えるのにほぼそれだけの時間を要することとなった。
入院して以降は、食が細り、少しづつやせ衰える様を目の辺りにする日々が続く。辛い。
最初の1月が過ぎ、その肉体の衰えは明白。それでも生きようとする意志は衰えず。頑張って。
丸2ヶ月過ぎた時点では、立つこと自体が怪しいものの、気力は旺盛、病魔に立ち向かうその姿勢に涙したり。
入院後、丸3ヶ月を迎えようとする10日前、病状が更に悪化、個室に移り、妹と叔母が交代で昼夜の区別なく付き添うこととなる。
最後の1週間の苦しむ姿は、肉親にも苦痛を強いるものでした。ですので、ほとけに対面し、最初にかけたかけた言葉は、
「お母ちゃん、良かったな。もうしんどい想いせんでもええねえで。」
となった。衰弱し、喘ぐ様子を目の当たりにする日々が続いた後、正直安堵の想いも強かった。
「ホント、頑張ったね・・・」
通夜を19日、葬儀は本日、親族と親しい友人のみで執り行うこととした。
急なことだったので、昨日は昼間の仕事を強行、それなりに時間を要したため、親族は既に勢揃い、喪主の到着を待つという羽目に。まあ、通夜の時間までには余裕があったのですが、それでも顰蹙もんですな。
まずは、祭壇を見てニコリ。花が好きな人でしたので、斎場の方々もビックリというくらい祭壇の花を奮発したのだよ。喜んでくれてるかな。
こんな風に弱り目の時には、親類縁者や親しくお付き合いいただく方々の温かいいたわりの言葉が身に染み、助けられます。ひたすら涙涙。
(簡単ではありますが)喪主のご挨拶
「本日は、お忙しい中、ご会葬いただきましてありがとうございます。
器用に世渡りをするというよりは、何事にも地道にこつとつ対し日々を送る母でありました。その生涯には辛いことも多かったように思います。
それでも、私ども兄妹にとっては良き母親でありました。その母と今日まで長くお付き合いいただき、支えてくださいました皆様方には感謝の念が耐えません。
母は幸せであったと思います。ここで改めてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。」
火葬場にて、骨壺が収まった箱を受け取った時、わかってはいてもやはりショック。はたまた、涙涙。
覚悟はしていたことなので、それほど落ち込んではいないはず。諸々の雑事を処理しつつ、しばしの休息もって鋭気を養い奮起いたします。皆様方、今後ともよろしくお願いいたしまする。